鎌倉街道と西街道

休日、とても良いお天気だったので、天気に誘われどこかに行きたくなりました。
世の中、コロナ、コロナと大変なことになっていますが、そう家にばかりはいら
れませんよね。
そこで、新聞に、「福寿草がきれいに咲いている」という場所があり、そこに行
くことにしました。
諏訪市,湖南小学校、西中学校の近くでしたので、習焼神社に車を止めて、歩い
てさあ出発!
坂が多い、のんびりした感じの道、
その道は、鎌倉街道ということで地図もありました。
何となくひかれた「鎌倉街道」、そういえば前宮あたりは鎌倉街道が通っていた
と聞いたことがありました。
そこで、「鎌倉街道」について少し調べてみました。
鎌倉街道
鎌倉街道は、中世鎌倉時代において、鎌倉から、関東諸国を通過して信濃、越
後、陸奥などの諸国に行くための要路で、いわゆる、鎌倉幕府の御家人が
「いざ、鎌倉!」とばかりに、「馳せ参じる道」でもあったのです。
信州諏訪の平で、現在残っている鎌倉街道跡と呼ばれるほとんどが、その道幅2
mもありません。
現代では、鎌倉幕府創設から数えて800年あまり経過し、ほとんどが廃道化
して、山林の中に埋もれてしまったか、「幻の道」といっても過言ではありま
せん。
諏訪の鎌倉街道
西関東の山々の裾を南北に辿るように秩父道とも呼ばれる「山辺の街道」があ
りました。
別にまっすぐ相模の足柄峠を超え、甲斐の御坂峠を超えて、甲斐の石和へ向かう
「鎌倉往還」と、御坂峠を越えて諏訪に入る鎌倉街道「西街道」がありました。
西街道
「西街道」は、釜無川沿いの若宮→松目→栗生→花石→馬飼場(ばんげいば)
→御射山神戸御所平などの山道を通り、茅野の坂室から西に分かれて、宮川の左
岸を庵沢から西茅野・駒形城下・亀石・安国寺の樋沢城西、前宮前、峰堪え・
高部を経て、神宮寺との境で「高部道」とも言われた杖突峠道とつながる。
一方、上社本宮前を通って大熊・有賀の江音寺前・小坂の観音院の上・天竜川
を見下ろす花岡城から岡谷の橋原に出て鮎沢で東の街道と合流したといわれて
いる。
小坂観音と西街道
小坂観音は諏訪氏の祈願所でした。
そこは諏訪湖畔の小高い山の上にあります。
山門からは、樹齢400年というサワラの並木が続いています。
また、紫陽花、800株が季節になると咲き誇り、眼下の諏訪湖や高ボッチ・鉢伏
山・和田峠・霧が峰などの山々や八ヶ岳の峰々とすばらしい眺望が楽しめます。
山側には、鎌倉街道「西街道」が現在も通じています。山門から北西に向かえ
ば、花岡城址裏の牛首から天竜川に出、橋原で「東街道」と合流します。
そこから洩矢神社前、鮎沢・駒沢を通り上伊那の平出に達します。
小坂観音の山門から南東へ向かえば、有賀江音寺前・湖南大熊・諏訪大社上社
本宮下・諏訪大社前宮前/安国寺・西茅野などを通り、鎌倉にいたります。

諏訪大社前宮
まとめ
私たち諏訪人は、諏訪湖の西側、つまり茅野の宮川から諏訪の湖南、大熊、そ
して岡谷の湊方面へ行くときに、「西街道を行く」というような言い方を普通に
していました。
そこがこんな歴史のある街道だったとは!
そしてそんな謂れがあったとは!
驚くと同時に、昔の人たちは、どんな思いでこの街道を通ったのでしょうか?
歴史を感じるとともに、もっと、歴史を学ばなければ!という思いを強くしま
した。
その後、鎌倉街道を歩いて大熊城跡を見て、きれいな福寿草を満喫しました。
写真は大熊城跡の福寿草園です。
近所の方が毎年手入れをしてくださっている
おかげで、今年もきれいに咲きました。
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